- 2024.03.13
「涙と共に種をまく」
現役そして卒業生の保護者の皆さんと月1回の読書会を始めてからすでに14年、100冊以上の本を読んできた。偏らない選書を心がけるため、専門分野以外の本と出会う努力もしてきたつもりだが、どうしても自分の興味関心と関連する本を毎年選んでしまう。それでも毎回一緒に読もうと集まる方々に励まされて、今年度も計画通り読書会を持つことができた。
今回読んだ、若松英輔・小友聡『すべてには時がある〜旧約聖書コヘレトの言葉を巡る対話』(NHK出版)では、多くの触発される言葉と出会った。対話の最後の章には「言葉を託す」というタイトルがつけられていたが、その中に詩編の言葉が引用されていた。
「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。
種の袋を背負い、泣きながら出ていく人も
穂の束を背負い、喜びの歌と共に帰ってくる。」(詩編126編5、6節)
ミレーが描き、それに触発されゴッホが描いた「種蒔く人」の絵画は、岩波書店のマークとされ、大正時代の同人雑誌にも使用された馴染み深い絵画だといえる。苦労して種を蒔くことが、後に喜びの刈り取りにつながるというイメージで読んできた詩だったように思う。
しかし、種蒔く人は刈り取る人ではないこと、先人たちが文字通り命がけで蒔き続けてきた種が、後の時代に実を結ぶというイメージで捉えることを教えられ、ハッとした。
私たちが結果主義、成果主義の呪縛に囚われていることに驚く。私たちは成果を得るために苦労して、その成果としての実を得ようとする。だが、働きの成果を直接見ることはできないのだ。しかし自分が成すこと以上のことを与えられるのだと詩編の作者は語っているようだ。人生を自分の時間軸だけで捉えようとすると、それは空しいものに思えるが、過去、現在、未来が一つのつながりの中にあることを意識することにより、見える世界が違っていく。先人たちの労苦の成果を私たちが享受し、私たちは次世代のために種を蒔き続けていく。働くとはそういうことなのだろう。
画期的な治療方法を見つけ出したある臨床医が、「今まで治せなかった無数の患者がいたことが、新しい医療を生み出してきた。医学の進歩は敗北に見える多くの犠牲の上に成り立っている。」と言った言葉を思い出す。与えられたものを自分のものであると思う傲慢さに陥らずに、自分が今日できることに心を傾けていく。その積み重ねが、新しい世界を創造させ、文化や文明を育んでいくのだろう。
人間が何世代にもわたって読み継いできた古典には、人を惹きつける珠玉に言葉があふれている。だが、今日の常識や価値観だけでそれを理解しようとした時には、本当に伝えたかった言葉に出会えないのかもしれない。しかし、私たち自身が、目の前にある現実に戸惑いつつ、泣きながらそれを直視して解決の道を探ろうとする時、思わぬところで先人たちが書き残してくれた言葉の意味と出会い直すことができるのかもしれない。そんな垂直の対話をこれからも続けていきたいと今年も思わされている。
いつまでも残るもの
~この時代の教育を考える~
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