いつまでも残るもの
~この時代の教育を考える~

  • 2023.09.11

「君たちはどう生きるか」

宮崎駿監督のジブリ映画「君たちはどう生きるか」が公開上映されている。私自身は若い頃からアニメや漫画の世界にはあまり馴染むことができなかったが、何故かジブリ映画だけは欠かさずに映画館に足を運んできたので、ちょうど10年ぶりの新作を楽しみに鑑賞した。

全編を通して感じた圧倒的な色彩の美しさは、緻密な作画の積み重ねにより創り出されたものだと思うが、それを支えている音楽・音響の世界を体に感じながら、変化に富んだ物語の中にしばし身を置くことができた。時々現れる今まで観てきた数々のジブリ作品の記憶に残るシーンを彷彿させる主人公や周囲のものたちの動きや表情は、走馬灯のように懐かしい場面を想起させる。心の底から浮かび上がる記憶の数々は、ありし日の家族や生徒たちのことを思い起こさせた。
それはちょうど、大作曲家ブラームスが最晩年に残してくれたクラリネット五重奏曲の次々に現れては消えていく旋律の中に、人生を回顧する中に浮かび上がる厳粛な事実、喜びと悲しみ、諦観と希望を見出すのと同じように思えた。

人の人生が他者からは見通せないように、物語の意味や解釈を施せば、それは一面的なものになってしまうのだろう。そんな思いを抱きながら映像と音響の世界に留まり続けた。終了後、急いで席を立つ観客は誰一人いなかったことで、その場に共有されているものがあったことを感じさせられた。

「君たちはどう生きるか」は、夏休み前の人間学読書会に参加した保護者の皆さんと一緒に味わった、吉野源三郎さんの青少年向けの小説のタイトルを受け継いでいる。原作は前々回のコラムで記したように、1937(昭和12)年の時代背景の中にある少年コペル君の成長過程を追いながら、自分らしさ、すなわち「正しさ」の追求に苦闘した物語で、戦争に向かっていく彼らは、多くが戦争の犠牲となり、さらに戦後も様々なものを背負い続けた世代であったことを知る。著者の問いかけは「自分を失わずに生きよ」と語る預言的メッセージでもあったのだろう。

宮崎駿さんは、戦中戦後に時代を設定しつつ、全く異なった物語を創り上げた。そして短時間で満足度の高い経験を求めるというタイム・パフォーマンス(タイパ)に価値をおき、考えることを省いて簡単に結論や答えを求めることに慣れてしまっている今の時代を生きる子どもたちに対して、同じ問いを投げかけているように思えた。

しかし彼らはきっと、昔を懐かしもうとする私たちとは異なった気づきを、この映画の中に見出すのではないだろうか。自分を生きるとはどういうことであるのかを。私たちにできることは、宮崎監督と同じように、全存在をかけて築き上げてきた大人としての自分の人生を示すことで、「君たちはどう生きるのか」と問うことなのではないか。そんなことを思いながら、映画館を後にした。

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