玉川聖学院 中等部・高等部

いつまでも残るもの
~この時代の教育を考える

いつまでも残るもの<br>~この時代の教育を考える

深く耕された心の土壌の中から

 今年度の学校全体の目標聖句は昨年と同じ「目を覚ましていなさい」という言葉になりました。ある瞬間だけ、ある期間だけ、時々意識するというのではなく、たえず、継続的に、目を覚ましていなさい、しっかりと現実を見据えていなさいというメッセージが込められたこの言葉です。皆さんの毎日の学習においても、クラブ活動や様々な学校生活においても、一人の玉川聖学院に在学している生徒としても、そしてこの国で、この世界で生きている一人の人間としても、「考えなければならないことを考え」、「語るべきことを語り」、「守らねばならないものを守り」、「為すべきことを成す」ために、考えることをやめたり、語ることをしなくなったり、守るべきものを放棄したり、為さねばならぬことを無視したりしないために、目覚めていなければならない。気付かぬうちに思考停止状態に陥ったり、眠ってしまったりすることののないように、勧められている聖書の言葉を、学校全体の目標としたいと思います。

 カール・ヒルティという人を知っていますか。スイスで180年前に生まれ、19世紀を生き、国際法の大家としても活躍した学者ですが、哲学者として多くの著作を残しました。日本でもヒルティの「幸福論」は、長い間、大きな影響を与えてきました。

 そのヒルティが書いた「眠られぬ夜のために」という本は、365日にわたり、毎日書き続けられているコラムのような短い文章をまとめたものです。「静まって自分を振り返る」時に、明らかになっていく豊かな心の世界を示してくれる本です。この本の4月1日の箇所には、次のような文章が書かれています。

 「偉大な思想は、ただ大きな苦しみによって、深く耕された心の土壌の中から

 のみ成長する。そのような苦痛を知らない心には、ある浅薄さと凡庸さが残る。

 いくら「竹馬」に乗って、背伸びしたとて、無駄である・・・・人は余儀なく

 されるのでなければ、だれがこの実り豊かだが同時に恐ろしい道にみずから進

 んで踏み入る勇気を持つだろうか。また、神の導きの手がなければ、だれが・・・

 深淵の淵の小道を通り抜けることができようか。(岩波文庫)

 ヒルティの言う「偉大な思想」という言葉を、「今年の目標」に置き換えてみましょう。今、決意して実行しようと願っている新しい自分との出会い、願っている目標達成は、決して簡単に手に入れることのできないものです。大きな苦しみによって、耕された心の土壌の上に、実現していく事柄なのだと言えるでしょう。自分の力だけで世界が広がっていくのではない。まして竹馬に乗るようにして、高いところから世界を見ようとしてもそれは本当に自分のものになっていかない。知識も体験も決して簡単に手に入るものではないと言っています。

 近年は竹馬に相当する便利に思えるもの、簡単に理解することができると称する「情報」が氾濫しています。インターネットで探せば、すぐに答えが出てくるような錯覚に陥ることがあります。考えなくても、語り合わなくても、ワン・クリックするだけで正解があるように感じてしまう。でもそれは竹馬に乗って見えるだけで、文字通り「地に足の着いた思考」になっていない。「知ったつもり」「わかったつもり」になるだけで、本当の実り豊かな知恵とはなっていかない。その場凌ぎの知識に過ぎないのであり、ヒルティはそれ浅薄さ(うすっぺらい考え)と、凡庸さ(平凡でつまらない考え)が後に残り、本当に自分のものになっていくものではないと語っています。

 本当の自分と向き合うことは、ある意味で自分を変えていくことですから、恐ろしく感じるものでもあります。だから「本当に変わりたい」という気持ちを心底持っていることと、神の導きを求めていくのでなければ、新しい自分に辿り着くことは難しいことなのでしょう。地に足の着いた着実な歩みを続け、強い意志を持って「新しい自分になろう」と、未来を見据えて踏み出すことができれば、目の前の扉が開かれていく・・・ヒルティは語っているように思います。

 この一年、皆さんはどのような自分になりたいと願っていますか。明日入学してくる新入生を迎えて始まる2017年度の学校生活を通して、皆さんの心が耕されて、そこに蒔かれた「信仰の種」「希望の種」「愛の種」が、30倍、60倍、100倍に実っていく事ができるように、心の中の土が、日ごとに耕されて柔らかくなり、光や水や養分が日々に与えられて、成長していく事ができるような一年としていってください。共にこの一年を歩んでいきましょう。

                       (始業式 式辞)