今年度の本校中等部入試も無事に終了した。2月1日が日曜日だったので例年と異なる入試日程の中であったが、多くの受験生が入試に挑戦してくれた。それまで多くの時間をかけて培われてきた力を発揮する機会となったことは幸いなことだ。頭が柔らかい時期に集中して知識や思考力を鍛えていくことは、将来に向けての大事な財産になって行くことだろう。得られた達成感は試験の結果に左右される側面は確かに強いが、努力したことは決して無駄でなかったことを、これからの歩みの中で確かめていって欲しいと思う。
これから始まる中等部での生活の中で自分のものにして欲しいのは、非認知能力と言われる学力検査では測れない、知識と感情と意志の総体である心の領域に関する力だ。感情をコントロールし、忍耐を持って簡単に答えの出ない課題に取り組む力、人とのさまざまな出会いや関わりを通して獲得していく生きる力、自分の生来の特性に気づいて、ありのままの自分を肯定し好きになっていく力などを磨いて欲しいと願う。この能力は自らの主体的な体験の中からしか自分のものになっていかない。同時に自分らしく生きるために、心の成長は不可欠の課題だ。
私たちの社会は、この人間性を育てる非認知能力の大切さを知っていながら、その成長への促しを後回しにしてしまってきたように思う。社会に役立つ人材育成のみに教育が方向付けられ、数値で測れる客観的な尺度だけに価値が置かれ、生産性だけが重んじられ、人間を育てることを放棄してきたように思える。
感情をコントロールするためには、まず自分の中にある喜怒哀楽の多様な感情の存在を知り、それを肯定することからしか始まらない。人生の中に起こる様々な問題には、簡単に答えは見つからないという事実を認めなければならない。人は人との関わりの中でしか人間性は芽生えてこない。本当の自己肯定感を持つためには、人との比較や優劣という物差しで測らず、私の存在を丸ごと引き受けて行くことが必要なのではないか。
思春期の子どもたちが非認知能力を高めるためには、周囲の大人が各自で身につけてきた非認知能力を言語化して子どもたちの体験と重ね合わせられているか、対話の中で「豊かな言葉の世界」に紡ぎ出してきたかが問われているのだろう。共感力が試されている。日本語には自らの感情を的確に表現する言葉が多く用意されている。その微妙な違いを体感しつつ、子どもたちの内側に起きている思いに心を寄せる(メンタライジングする)ことにより、彼らは心の内側の豊かな世界を自分のものにしていくだろう。
これから始まる6年間の学校生活の中で、この力を育む体験や出会いの場が用意されている。効率が悪いように思えても、時間をかけ熟成させていくものが、確かな力となっていくだろう。充実した日々を過ごして欲しいと心から願っている。