玉川聖学院 中等部・高等部

いつまでも残るもの
~この時代の教育を考える

いつまでも残るもの<br>~この時代の教育を考える

「新しく風とともに〜春の祝福」

4月になると、学校の空気は一変する。新しい風を運んでくるのは新入生たちだ。このように新しく始まるという思いを持てるのは幸いなことだ。教育の現場に携わる者の特権は、毎年子どもたちの新鮮で輝いた眼差しに接することで、思いを新たにできることだ。どこかで区切りをつけて新しく始められることで、新たな発見や気づきを得ることが出来ることで、心が豊かになっていく。人と関わる仕事の醍醐味はそういうところにあるのだろう。

今年は東京の桜を、例年よりずいぶん長く楽しむことができた。温暖化の影響か、卒業式直後に開花して入学式には残っているかどうかを心配する年が続いているが、今年は満開の桜が生徒たちの入学を待ち構えていたかのように咲き誇っていた。

一昨年前から学校経営に関わることになった日本聾話学校は、この4月から「きこえの学校ライシャワー学園」と校名を変更した。従来から進めてきた難聴児たちに残された聴覚を生かす、聴覚主導の人間教育をより推進するために、創立105年目の春に新しいスタートを切ることになった。町田の野津田の丘の桜も満開で、新しい門出を祝ってくれた。

この学校では、昨年学校紹介の映像を刷新しようと専門家に依頼して動画を制作してもらったが、制作の労をとった映像ディレクターのI氏は、長い時間をかけて子供たちの表情をまとめて素敵な紹介動画を作成してくれた。

 

彼自身が撮影の作成を通して接した子ども達の出会いは、制作者の想像力を超えたものだったようで、この教育をもっと紹介したいという思いを募らせて、一本のテレビ・ドキュメンタリー番組になって、3月末に放映された(BS12「しゃべれるようになったよ」)。そこにはこの学校の日常が描かれるとともに、人から人に言葉が伝わっていくことで生み出される人間的な信頼感と確かな関係性の構築の様子が、見事に映し出されていた。

言葉をどのように獲得していくのかを鮮やかな形で見せてくれるのがこの学校の教育だ。言葉は決して教え込むものではなく、信頼できる相手からの語りかけに応じようとする心の思いが引き出していく人間的な反応なのだ。聞こえのハンデを持つゆえに、それを身につけるまでには忍耐がいるし、待つことも大切だが、愛情を込めた語りかけが心に届いた時、言葉となって子供達の内側からそれが出てくる不思議な瞬間があることを親子で体験していく。それが周囲とのコミュニケーションの広がりに繋がり、友達を通して世界が広がっていく。そんな奇跡のような光景をリアルに見せてもらえる学校の様子が紹介されていた。まさに教育の原点がここにあることを実感している。

玉川聖学院でも新入生たちの姿を見ていると、まさに人が人との関わりを通して成長していく様子を見ることができる。そして新入生たちは、今、積極的な人との関係づくりを始めようとしている。始めようとすることで始まっていくこの営みが祝福されたものになっていくことを心から願いたい。思春期を過ごす学校という場所は、信頼できる友達づくりの場所だとも言える。一生続くことができる友達関係は、喜怒哀楽を共にしつつ、互いの感受性を刺激し合う思春期という時期だからこそより深く心に刻み込まれる体験となるのだろう。この春には目に映る自然の光景が、彼らの未来をより祝福しているように思えてならなかった。